からかわれているのはどっちかなあ…
古本屋さんで買ってきた、北杜夫『奇病連盟』(新潮文庫)を読んでいたら、次のような場面に出会いました。製薬会社でPR誌の編集者をしている主人公の山高武平が、ある作家に原稿依頼をしたときのこと、その作家は、2年前に出した自作の話を始めます。
「武平は実はその評判の作となった本を読んでいない。しかし、作家という人種は、いやしくも自分に原稿を依頼してくれる編集者が、自分の評判作を読んでいないとわかると、それだけで不機嫌になったりすることもあるので、武平はホラをふいた。」
こういう経験、編集者ならだれでもあるのではないでしょうか。
ぼくが編集者としてお付き合いをさせていただくのは学者の先生がほとんどですが、初めてごあいさつしたときに未読のご著書のお話などが出て、冷や汗をかくことがあります。「それはおもしろそうですね、早速、読みます!」とお答えするのが正解なのでしょうが、自分の不勉強をさらしてしまうのが恥ずかしくて、なかなか正直にはなれません。
ただ、原稿を書く側の立場になってみると、自分の書いたものを読んでくれていない編集者は、ちょっと話をすればすぐにわかります。そんなときはもちろん残念な気持ちになるわけですが、「これまで、自分はこんな気持ちを何人の先生方にさせてきたことか」と振り返って、自戒の念とともに受け容れるわけです。
北杜夫さんご自身も、作家として「この編集者、読んでないな」と感じたことが、何度もおありだったことでしょう。その経験をひっくり返して、こういう場面に仕立てあげるとは、さすが、小説家の想像力!
「作家という人種」を揶揄しているようで、実は「編集者という人種」を揶揄しているのかもしれません。
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映画で話題の『少年H』(講談社文庫)を読みました。
