漢字・ことば

2017年3月17日 (金)

まずは比べるところから

 先日、14日の火曜日は、出版ネッツさんの「寄り合い」にお呼ばれして、漢字の話をしてまいりました。いろいろな話題を取り上げて、特にまとまりもないお話だったのですが、聴いてくださるみなさんの反応がとてもよくて、たのしくしゃべらせていただきました。ありがとうございました。

 その話題の1つが、「校正」と「校閲」の違い。フリーの校正者の方が多いということもあって、みなさん、いろいろなご意見をお持ちのようでした。

 ネットで「校正」と「校閲」の違いを検索すると、こんな答えが見つかります。いわく、「校正」は、原稿とゲラ、初校ゲラと再校ゲラを見比べて間違いを正すこと。「校閲」は、原稿やゲラ(だけ)を見て間違いを正すこと……。

 ただ、私的には、この説明には納得がいきません。というのは、「校」という漢字に「二つのものを比べる」という意味があるからです。

 「閲」は意味のつかまえにくい漢字ですが、「閲覧」「閲兵」「閲歴」「検閲」といった熟語から総合すると、「一つ一つ」「実物を」「きちんと」見るという意味を持つと思われます。ここから、「校閲」の方が「校正」よりも厳密・厳格なイメージのことばとなり、原稿やゲラそのものに集中するというような意味合いを帯びるようになったのかもしれません。

 とはいえ、どちらも「校」という漢字を含む以上、「二つのものを比べる」ことが基本であるのは、動かせないところでしょう。書き手の表現したいことと、実際の文章とを比較して、よりよいものを目指すのが「校正」「校閲」の原点だろうと、私は考えています。

 それはともかく、漢字で書かれたことばの意味を考える場合には、まずはそれぞれの漢字の意味をきちんと押さえることが必要。そのために漢和辞典を活用していただければ、うれしい限りなのです。

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2017年3月13日 (月)

線引きはむずかしい……

 先週の土曜日(11日)は、横濱漢字の会の200回記念の定例会にお呼ばれしてきました。毎月1回、漢字好きが漢字の話をするためだけに集まるというこの会が、200という回数を重ねてきたというのは、会員のみなさまの熱意のたまもの。すばらしいです。

 記念なので何かお話を、というわけで、四字熟語に関するお話をしてまいりました。

 私がひそかに収集している四字熟語の用例集では、「一生懸命」の用例が圧倒的に数が多く、2番目に多いのは「不可思議」であることなどをご紹介。結局のところ、「四字熟語」と「単に漢字4文字で書いてあるだけのことば」との線引きはなかなかにむずかしい、というようなことをお話したのでした。

 その際に出たご質問で、ちょっとおもしろかったのが、「斯斯然然」は四字熟語なのでしょうか? というもの。こう書いて「かくかくしかじか」と読む、というわけなのですが、まあ、このことばは、現在はふつうはかな書きするでしょうし、漢字で書くとしても「斯く斯く然然」と送りがなを付けるでしょうよねえ……。

 とはいえ、「大盤振舞」だって、辞書的には「大盤振る舞い」が正式ですし、「無手勝流」だって「無手勝つ流」でないといけないのでしょう。それでも、どちらも市販の四字熟語辞典でよく見かけます。

 「斯斯然然」を載せている四字熟語辞典は、私の知る限りでは出版されていません。しかし、「可惜身命(あたらしんみょう)」を収録している四字熟語辞典もたくさんありますから、「斯斯然然」を載せるものが存在していても、不思議ではないでしょう。

 まったく、何が四字熟語で何が四字熟語でないかを決めるのはむずかしい、と再確認した次第でありました。

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2016年12月 5日 (月)

サービス満点!

 先週末、北海道漢字同好会のみなさまにお招きいただいて、札幌へ行ってまいりました。

 ちょうどうまいタイミングで雪もやみ、それほど寒くもなく、足元がすべるようなこともなく。大漢和辞典の編纂にまつわるお話を気分よくさせていただいて、おいしい海のものをたくさんいただいて、まったくハッピーな週末だったのでした。
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 空いた時間に散歩に出たところ、ホテルの近くに、北海道庁旧本庁の赤れんが庁舎が建っていました。入場無料とのことなので、中を覗いてみつけたのが、この写真。明治43年に書かれた、工事中の看板のようです。

 ぱっと目についたのは、「道」の字。「首」の上に毛が生えた、なかなか風格のある字体です。

 この字は「2点しんにょう」になっていますが、1番下の「造」は、「1点しんにょう」の新字体。ついでに真ん中あたりの「舎」も、文句なしの新字体です。

 その上の字は、旧字体ならば「廳」とあるべきところ、「耳」の下の「王」が抜けているようです。でも、なかなか堂々とした漢字ではありませんか。

 ほかにも、「層」はれっきとした旧字体だけど、「れんが」の「れん」はかつてのJIS字体。「海」はみごとな新字体などなど、盛りだくさんです。

 新字体だとか旧字体だとか、正字だとか略字だとか、細かいことに気を取られている常日ごろ。まったく、何なのでしょうねえ!

 北海道漢字同好会のみなさんの歓迎ぶりもサービス満点でしたが、赤れんが庁舎もサービス満点で、私を迎えてくれたのでした。

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2016年11月25日 (金)

どなたか教えてくださいな!

Photo  何年かぶりに、神保町の裏道を歩いていたら、写真のようなお店を見つけました。ごちゃごちゃとした立て看板に、何本もの旗が立ち、軒下には真っ昼間から黄色い電球が輝き、意味不明(?)なバス停の標識まであって、何やらたのしそうな雰囲気です。

 このお店の名前、「魚百」と書いてありますが、近づいてよく見ると、右下の小さな落款は「うおぴー」と読めます。「百」と書いてどうして「ぴー」と読めるのか、首をひねってみましたが、思い当たる節はありません。

 どこかの国のことばで、100を意味する「ピー」ということばがあるのか? あるいはその頭文字がPなのか?

 音楽業界で1万円のことを「C(ツェー)万」というように、どこかの業界の隠語で、Pといえば100のことなのか? 魚市場あたりの符丁で、100を指す「ぴー」というものがあるのかとも思いましたが、調べても出て来ません。

 あるいは、「うおぴー」のひとまとまりで、何らかの意味を持っていて、それが100と関係するのか? さらには、「ぴー」は実は放送禁止用語を隠すための効果音で、その用語が100と関係しているのか?

 いろいろ考えてみましたが、どうにもわかりません。どなたかご存知の方がいらしたら、ぜひともご教示くださいな。

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2016年11月11日 (金)

愛が命に変わるとき

 ちょっとぼんやりしている間に、季節が巷を駆け抜けて、街は早くも初冬の装いとなりました。久し振りの更新です。

 先日、なんとなくテレビのチャンネルを回しておりましたら、ちょっとおもしろい番組に行き当たりました。フジテレビ系列の「有吉弘行のダレトク!?」という番組の1コーナーで、「ヤンキーの特攻服に1番多く使われている漢字は何か?」という調査をやっていたのです。

 もちろん、全国的な調査はなかなかむずかしいですから、タレントさんがある専門店に行って、そのお店のランキングを尋ねていました。私の記憶に間違いなければ、ベスト5は、5位が「強」、4位が「友」、3位が「悪」、2位が「暴」の順。そして、栄えある1位は「走」という結果でありました。

 これだけでも十分、おもしろかったのですが、さらに興味を惹かれたのは、「走」が1位になった理由。お店の方のお話では、「走死走命(そうしそうめい)」という四字熟語があって、それを刺繡する人が多いのだ、というのです。

 そんな四字熟語があるんだ!

 と思って、早速、googleで検索してみますと、たしかに出て来ます。走ることに命を懸けるというその意気込みが、こういう四字熟語の形になったのでしょう。日本人の四字熟語好きもたいしたものだなあ、と感心させられた次第でした。

 ただ、検索結果から判断しますと、この四字熟語、もとは「走死走愛(そうしそうあい)」という形だったようです。このままならば「相思相愛」のもじりとしか受け止められないところ。最後の「愛」を「命」に変えるだけで、とたんになにやら立派な四字熟語のように感じられます。

 「走死走命」を最初に考えた方は、なかなかの才能の持ち主ですね!

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2016年9月12日 (月)

プールを渡るアメンボ

 昨日は、漢字教育士2期生のみなさんの勉強会「知新会」というところにお呼ばれして、二字熟語に関するお話をしてまいりました。その際に取り上げたのが、次のような問題。

 「アメンボが、プールの水面をすべるように進んで行く」の「水面」は何と読むか?

 もちろん、「スイメン」と音読みしても、「みなも」と訓読みしても、間違いにはなりません。ただ、音読みするのと訓読みするのとではイメージが異なります。そのことを話題にしたかったのでした。

 勉強会の場では、スイメン派が1に対して、みなも派が2という割合で、みなも派の勝利と相成りました。ところが、これに黙っていられなかったのが、スイメン派のみなさん。懇親会の席でも、「プールという現代的なものには、音読みの方が合う!」と怪気炎を上げてやまなかったのでした。

 たしかに、「プールの水面」ではなくて、たとえば「湖の水面」ならば、「みなも」と読みたくなりますよねえ……。でも、「モーターボートが、湖の水面をすべるように進んで行く」になると、どうなるか? なかなか奥の深い問題です。

 こういう問題には、「正解」はありません。それを承知で、ああでもない、こうでもないと頭を使ってみるのが、おもしろいところ。訓読みの響きのやわらかさだとか、音読みと近代的な事物との相性だとか、いろいろなことが再確認できたのでした。

 それにしても、こういうお話を酒の肴にして盛り上がれるというのは、すごいですね。おそるべし、漢字教育士!

 知新会のみなさん、たのしい時間をありがとうございました。

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2016年9月 6日 (火)

ニュースになっていいのかなあ……

 昨日、ニュースを見ておりましたら、東京のデパートで、「おせち料理の内覧会」が行われたとの由。残暑厳しい折柄、おせち料理とは気が早いなあ、とびっくりすると同時に、「おせち料理」の「内覧会」という表現が、ちょっと引っ掛かったのでした。

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 「内覧会」と聞いてすぐに思い出したのは、近所にお医者さんができるときなどに、開業に先立って中を見学できる「内覧会」。この場合の「内」とは、医院の建物の「内部」ということなのだろうと、勝手に理解をしておりました。

 そこで、「おせち料理の内覧会」と聞きまして、おせちの内側を見せてくれるというわけでもあるまい、なんかヘンだなあ、と感じたわけです。

 「内覧」とは、漢和辞典にはあまり出て来ないことば。国語辞典には、「内々に見る」こと、つまり「非公式に見る」ことだと書いてあります。もともとは、天皇に見せる公式の文書を、摂政や関白といったえらい人が非公式に見ることを指していた、ともあります。

 だとすると、お医者さんの「内覧会」だとかおせち料理の「内覧会」だとかいうのは、公式に開業する前、公式に発売する前に「内々に、非公式に見せる」ということなのでしょう。

 ただ、「内覧会」のチラシを配ったり、「内覧会」がニュースになったりするのは、「非公式」とはかけ離れているよなあ、とも……。

 やはり、お医者さんの「内覧会」は「内部を見せる会」で、これは「内覧」の比較的新しい用法。おせち料理の「内覧会」は、その影響を受けて生まれた、本来の「非公式」からはやや外れた用法だと考えるしかないのでしょう。

 それにしても、昔は摂政や関白に関連して使っていたことばが、我々庶民でも使えるようになるとは、いやはや、ありがたい時代に生まれたものですね!

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2016年8月20日 (土)

時を跳び越えたその先は?

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 筒井康隆さんの名作、『時をかける少女』。ある夕方、理科実験室で怪しい人影が消えるのを目撃した和子は、翌朝の登校の途中、不思議な経験をします。

 「信号を無視した大型トラックが、和子たちのほうへ、交叉点のほうから驀進してくるのだ」

 避けようとして友だちとぶつかり、転んでしまう二人。絶体絶命! というところで、彼女は初めてのタイム・リープを経験することになります。

 この作品は、もともとは中学3年生に向けて連載が始まったもの。そのためでしょう、文章でもむずかしい漢字はほとんど使われていません。それだけに、「驀進」という熟語が、とても印象に残ります。

 前日に戻った和子は、一度習った授業を受け、一度やった宿題をし、一度過ごした夜を同じように過ごします。そうして、いよいよ翌朝の登校の途中。

 「交叉点のほうから、大型トラックが暴走してきた」

 しかし、今回は、和子の注意深い行動により、二人は事故に巻き込まれないで済んだのでした。

 前回、「驀進」してきた大型トラックは、今回は「暴走」。和子は同じ時間をくり返して生きているようで、実は前回の今朝と今回の今朝は、完全に同じ時間ではない。そのことが、この二つのことばに現れているように感じます。

 だとすれば、前回の時間は、どこへ行ってしまったのでしょう? 和子が大型トラックにひかれてしまった時間の流れも、存在しているのでしょうか。

 時間もののSFは、考えれば考えるほど、わけがわからなくなりますね!

*   *   *

 ところで、「毎日ことば90秒」の動画、本日、最終回が配信となります。今回、取り上げるのは、以前、このブログでも扱った「〆」や「〼」の問題。下記ページよりご覧になれますので、どうぞ。
http://mainichi.jp/koetsu/

 また、学習院生涯学習センターで、9月14日の(水)から「おとなのための漢字学習」という全6回の講座を開催いたします。詳細は、下記ページに。ご興味のある方は、ぜひともご参加ください。
http://open.gakushuin.ac.jp/course/detail/2016/B/029/

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2016年8月13日 (土)

この世には「義」があふれてる!

 お盆休み、実家に帰省されているという方も多いのではないでしょうか。私はというと、フリーランスの身のくせに世間の繁忙期に行動するのは申し訳ないというわけで、自宅でたらたらとパソコンに向かっているという次第。

 とはいえ、この暑いさなかに仕事に身が入るはずもなく、なんとなくネットサーフィンをしておりましたら、「義実家」ということばが目に入ってきました。「よしざね」さんのおうちのことかな? と思っていたら、さにあらず。夫なり妻なりの実家を指すのです。

 ネット上では読み方はよくわかりませんが、「ギジッカ」と読むのでしょうね。国語辞典には出て来ないことばです。

 そこで、「義実家」で検索をかけてみると、一緒に「義両親」ということばも出てきました。なるほど! そういう言い方もされているのですねえ。

 おもしろがっていろいろと検索してみると、「義孫」はもちろん、「義伯父」「義叔父」「義伯母」「義叔母」も出て来ます。「義従兄」「義従弟」「義従姉」「義従妹」もありますから、当然、「義従兄弟」「義従姉妹」だって用いられることがあるのでしょうねえ。ちょっと驚くことに、「義甥」「義姪」も、検索ではひっかかります。

 それにしても、こういう場合、「ギまご」「ギおじ」「ギおば」「ギいとこ」「ギおい」「ギめい」などと重箱読みにするのでしょうか……。

 「義兄嫁」「義弟嫁」も見つかりました。「義嫁」も出て来ますが、この場合の「嫁」は、息子の妻、つまり義理の娘のことですから、特殊な事情がない限り、「義嫁」はおかしな表現になってしまうことでしょう。

 ちなみに、「義姉夫」「義妹夫」という言い方も、少なくともネットの世界には、存在するようです。

 漢字「義」の活躍ぶりに、猛暑でやられた頭が生き返ったことでした。

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2016年7月29日 (金)

今夜はどこで寝るのやら……

 我が家は現在、耐震リフォームの真っ最中です。

 まずは寝室から始めるというので、しばらくはリビングの板の間で雑魚寝する日々。それが終わると、次はリビング。やっと寝室のベッドで眠れることになったものの、電気屋さん多忙につき、エアコンの復旧が1週間ほど先延ばしに。昨夜は我慢してエアコンなしで寝ましたが、熱帯夜ともなるとそうもいきません。エアコンがあるのは、あとは仕事部屋だけですが……。

 自宅にいながらにして、流浪の民と化しております。

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 さて、写真はリビングの現状。家具はすべてカバーで覆われ、床も一面、養生ボードが敷き詰められています。文字通り、「養生」だらけですね!

 「養生」ということばの歴史は古く、中でも、紀元前3世紀ごろに書かれた『荘子』で使われているのが有名です。「自分らしく生きるためには、ものごとにとらわれないことだ」というのがその主張。もっとも、この場合は、ふつうは「ようせい」と読みます。

 それが、「命を大事にする」ところから「体を大切にする」という意味となり、さらには「ものを傷つけないようにカバーなどをかける」場合にも使われるようになった、という次第。こういう壮大なことばの意味の移り変わりを前にすると、最近のはやりことばに文句をつける気力もなくなります。

 『荘子』の「養生」を実践してこだわりを捨てるならば、家具なんて傷ついてもかまわないし、そもそも耐震工事などする必要もなし、ということになるのでしょうか。現代に生きる我々は、さすがにそういうわけにもいきませんよねえ。

 床のあちこちに広がる「養生」という文字を眺めながら、私でも可能な「自分らしく生きる」について、考えてみることにいたしましょう。

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