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2016年7月

2016年7月29日 (金)

今夜はどこで寝るのやら……

 我が家は現在、耐震リフォームの真っ最中です。

 まずは寝室から始めるというので、しばらくはリビングの板の間で雑魚寝する日々。それが終わると、次はリビング。やっと寝室のベッドで眠れることになったものの、電気屋さん多忙につき、エアコンの復旧が1週間ほど先延ばしに。昨夜は我慢してエアコンなしで寝ましたが、熱帯夜ともなるとそうもいきません。エアコンがあるのは、あとは仕事部屋だけですが……。

 自宅にいながらにして、流浪の民と化しております。

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 さて、写真はリビングの現状。家具はすべてカバーで覆われ、床も一面、養生ボードが敷き詰められています。文字通り、「養生」だらけですね!

 「養生」ということばの歴史は古く、中でも、紀元前3世紀ごろに書かれた『荘子』で使われているのが有名です。「自分らしく生きるためには、ものごとにとらわれないことだ」というのがその主張。もっとも、この場合は、ふつうは「ようせい」と読みます。

 それが、「命を大事にする」ところから「体を大切にする」という意味となり、さらには「ものを傷つけないようにカバーなどをかける」場合にも使われるようになった、という次第。こういう壮大なことばの意味の移り変わりを前にすると、最近のはやりことばに文句をつける気力もなくなります。

 『荘子』の「養生」を実践してこだわりを捨てるならば、家具なんて傷ついてもかまわないし、そもそも耐震工事などする必要もなし、ということになるのでしょうか。現代に生きる我々は、さすがにそういうわけにもいきませんよねえ。

 床のあちこちに広がる「養生」という文字を眺めながら、私でも可能な「自分らしく生きる」について、考えてみることにいたしましょう。

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2016年7月23日 (土)

毎日、毎日、お世話になります。

 先日、このブログでもご案内した毎日メディアカフェの記者報告会「漢字の使い分けを考える」は、おかげさまで無事に終了いたしました。多くの方にご来場いただき、ありがとうございました。詳しい内容については、下記サイトにアップされております。

http://mainichimediacafe.jp/eventarc/995/

 さて、このご縁もありまして、同じく毎日新聞社さんの校閲部の方々が隔週土曜日に発信している「毎日ことば90秒」という動画コーナーに、ゲスト出演させていただくことになりました。全3回の出演で、初回が本日(7月23日)にアップされます。

http://mainichi.jp/koetsu/

 今回、取り上げましたのは、「食育」をはじめとして、「木育」「火育」「花育」「水育」などなどの「○育語」。ここ10年ほどの間に、主にさまざまな企業や団体が生み出してきていることばです。

 「毎日動画90秒」の配信開始に合わせて、私のHPにも、これまでに見つけた「○育語」をまとめた「○育語辞典」を新設いたしました。合わせてご覧いただければと存じます。

http://bon-emma.my.coocan.jp/

 現時点で、この「○育語辞典」に収録したことばは、46語。随時、増やしていければと考えております。情報をお持ちの方は、お知らせいただけますと幸いです。

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2016年7月 8日 (金)

山本有三と憲法の口語化

 ここ数年、私は山本有三という作家と奇妙なご縁がありまして、関連のお仕事をいろいろといただくことがあります。先日も、テレビ局の方から、日本国憲法の口語化と山本有三について、少し話をしてほしいというご依頼がありました。

 日本国憲法は、原案が発表された段階では、いわゆる「文語体」で書かれていました。しかし、少しでも国民にわかりやすくという観点から、現在のような口語文に変更になったのです。当時、貴族院議院だった山本有三は、文語を口語に直す、その最初の案を作成したのでした。

 では、文語体の原案と、有三の口語化試案と、現在のものとを読み比べてみると、どうなるか?

 そんなことを、三鷹の山本有三記念館のお庭で、芥川賞作家で芸人の又吉直樹さんをお相手にお話をした、というのが、その番組の内容。来たる10日(日曜日)の夜、日本テレビの選挙特番の1つのコーナーとして、放送されるそうです。

 放送時間帯などははっきりしないのですが、各局の選挙特番をいろいろとご覧になる中で、もしこのコーナーに行き当たりましたら、ぜひともご覧ください。

 それにしても、又吉さんの目力は、すごかったなあ。収録の日は眠りにつくまで、あのギョロリとした眼光が頭の中から離れませんでした……。

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2016年7月 2日 (土)

誤用の伝統

 出版社で働いていたときのこと。あるライターさんからいただいた御原稿に、「キラ星(ぼし)のごとく」という一節がありました。

 これは、本来は「綺羅(きら)、星(ほし)のごとく」。「綺羅」とは、まばゆく輝く衣服を指します。そうご指摘をしましたら、そのライターさんからは、「キラ星(ぼし)」は国語辞典にも載っています、とのお返事をいただきました。

 調べてみると、国語辞典にはたしかに「きらぼし」という項目があって、「綺羅、星の如し」から生まれたことばだと載っています。なるほど、と思って、そのままにしておいた次第でした。

 「きらぼし」ということばは、いわゆる「誤用が定着したもの」の例。それをわざわざ指摘するなんて、今となっては少し恥ずかしい、若さゆえの過ちですね。

 ただ、「誤用が定着したもの」を受け入れつつも、いつごろから定着したのかが、ちょっと気になるところです。

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 ここで話はとんで、ここ数日のこと。

 ずいぶん前に古本屋さんで購入したままになっていた、小室信介『東洋民権百家伝』(岩波文庫)という本があります。1883(明治16)年から翌年にかけて出版された、江戸時代の農民一揆について書かれた本なのですが、それを読んでおりましたら、「きら星(ぼし)のごとく」が出てまいりました。

 農民たちが一揆を起こしたと聞いて、警備を厳重にする宿場町の場面。提灯やたいまつなどが「雲母星(きらぼし)の如く輝きて、さながら白昼(ひる)をあざむくばかり」とあります。

 「雲母」とは「きらら」とも読みますから、「雲母星」で「きらぼし」と読ませるのは、当て字の一種なのでしょう。ここには、本来は「綺羅、星の如く」であるという意識は、まったく見られません。

 となると、この「誤用」、現時点では少なくとも130年以上の伝統はあるわけです。だったらもう、目くじらを立てることはないですよね!

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