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2015年4月

2015年4月 7日 (火)

残念なタイミング

 昨日の朝、新聞を読んでいたら、沖縄県知事が、官房長官が基地問題に関して使う「粛々と」ということばは「上から目線」だと反発なさった、という記事に眼が止まりました。今朝の新聞によれば、それを受けて、官房長官は今後は「粛々と」ということばを使わないようにされるとか。

 数年前、『政治家はなぜ「粛々」を好むのか』(新潮選書)という本を書いた私としては、このちょっとした騒動、いろいろと考えさせられるところがあります。

 その本で私が述べたのは、次のようなことでした。

 ——政治家のみなさんがお使いになる「粛々」は、「鞭声粛々、夜、河を過(わた)る」という、江戸時代の漢詩人、頼山陽(らいさんよう)が川中島の合戦を描いた有名な漢詩の一節に由来している。そこから、軍隊などが秩序だって行動するようすに使われるようになり、組織が秩序を乱さず職務を進める際にも用いられるようになった。

 ところが、秩序を乱さないことをわざわざ強調しないといけないのは、実は、秩序が乱れそうになっている際である。というわけで、「不信任案が出されれば粛々と否決する」とか、「法に従って粛々と手続きを進める」とのように、苦境に陥った組織のトップが、記者会見で多用するようになった。――

 さて、今回、沖縄県知事はそれを「上から目線」だと感じていらっしゃいます。官房長官の方も、さしてピンチに立たされているという感じでもありません。

 むむむ! 私の分析とは、ちょっと異なりますねえ。

 この状況は、基本的には、「国」対「県」という構図そのものから発しているものでしょう。けれども、政治家さんたちが「粛々」をくり返しお使いになっているうちに、このことばにそういう色合いが染みついてきたことも、否めません。

 元来、政治家さんたちのお使いになる「粛々」には、「逃げ口上」と「開き直り」の2つの側面があったように思うのですが、だんだんと、そのうちの「開き直り」の方が強くなってきたと申しましょうか……。

 なんにせよ、こうやって「粛々」ということばに注目が集まれば、拙著も少しは売れるかも? と思いきや、今年の1月に版元さんから絶版のご連絡をいただいたばかりなのでした。

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