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2015年3月

2015年3月27日 (金)

この勢いは止まらない!

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 昨日、我が家の郵便受けに入っていた、ヤマハさんのチラシ。「音育」なることばが目を惹いたのですが、ちょうど、『週刊読書人』の拙稿連載「漢字点心」の3月13日の回で、「○育」ということばについて書いたところでした。

 そこで取り上げたのは、「木育(もくいく)」「花育(はないく)」「水育(みずいく)」「火育(ひいく)」「香育(こういく)」「服育(ふくいく)」「色育(いろいく)」「街育(まちいく)」、そして「マネ育」。その校正が終わったあとに、テレビを見ていたら「掃育(そういく)」なることばがあることを教えられ、さらに今回、ぼくのコレクションに「音育(おんいく)」が新たに加わった、というわけです。

 よくまあ、次から次へといろんな「○育」を造り出すものだなあ、とちょっとあきれてしまいますが、そもそも、「知育」「徳育」「体育」というのが、教育学の用語として、明治の中ごろに造られたことば。「美育」「食育」が生まれたのはそれから間もなくのことで、現在では国語辞典にも載っています。「○育」は、以外と由緒正しい漢字の使い方でもあるわけです。

 これらのことばをネットで検索してみると、興味深いことに気づきます。それは、「水育」はサントリー、「火育」は大阪ガスや東京ガス、「香育」は日本アロマ環境協会、「服育」は繊維会社のチクマなどなど、業界や企業などが、それぞれの分野の啓蒙・普及活動の一環として始めているということ。冷めた見方をすれば、顧客と需要を掘り起こすためのスローガンとして、「○育」が次々と生み出されているというわけです。

 考えてみれば、「就活」「婚活」に始まった「○活」にも、同じような側面が指摘できそう。新語もまたビジネスの一部だというわけで、今後も数多くの「○育」が誕生することになるのでしょうね。

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2015年3月16日 (月)

ロマンチックすぎる物語

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 久しぶりに読みたいなあ、と思っていたら、池袋の古本屋さんでうまいぐあいにめぐりあったのが、モーリス・ルブランの『八点鐘』(新潮文庫)。かの『クイーンの定員』にも選ばれたこのミステリ短編集を、高校生のころ、堀口大學の訳だとも気づかないままに読んだ覚えがあります。

 そのときのお目当ては、古典的な名作『雪の上の足跡』に代表される、不可能犯罪のトリック。でも、それから約30年。すっかりおじさんになって読み返してみると、また違った味わいがありました。「プロット」といえばいいのでしょうか、1つ1つのお話の組み立て方が、なかなかおもしろいのです。

 たとえば、『映画の啓示』では、映画俳優の起こした事件を、映画をなぞって追いかけていきます。初版刊行の1923年当時、映画はまだまだ新しいメディアだったはず。時代の潮流に乗ったこの思いつきに、ルブランはさらにひとひねりした結末をつけています。

 また、『ジャン=ルイの場合』は、ある女性の自殺未遂で幕を開け、謎めいた婚約者の存在へと、読者を引っ張っていきます。ホームズやルパンの時代にはいかにもありがちな展開ですが、その婚約者の素性というのが、ミステリらしくもない、なんとも奇妙奇天烈なもの。おもしろいことを考えるなあ、と思っているところに、ルブランはさらに背負い投げを食らわしてくれます。今回の読み返しで、最も楽しめたお話でした。

 考えてみれば、高校生のときに読んで印象に残ったのも、結局のところは、探偵役のレニーヌ伯爵ことアルセーヌ・ルパンが想い人の心を得るために冒険をくり広げるという、全体のロマンチックすぎる筋立てでした。ルパン・シリーズが広く愛された理由は、そういう組み立てのうまさにあるのでしょう。

 ただ、その人気も、最近では衰えてきているようで、この新潮文庫を含め、絶版が増えています。古いもの好きのぼくとしてはなんとも悲しいのですが、現代の読者からすると、古色蒼然とした物語にしか見えないのでしょうねえ……。

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2015年3月 6日 (金)

海の底に眠る歴史

 先日、テレビを見ていたら、第二次世界大戦中に撃沈された日本海軍の戦艦「武蔵」の船体が発見された、というニュースが流れました。見つけたのは、マイクロソフトの創業者の1人なのだそうで。自国の戦艦ならともかく、他国の船を深さ1000メートルの海底まで探しに行こうというのは、ものすごい思いですよね。

 それだけ、沈没船というものが、あるいは海というものが、ロマンをかき立てるということなのでしょうか。  ニュースでは、バルブのところに「開」だとか「主弁」だとかと読める漢字が書かれているのが、この船体が「武蔵」であることの証拠の1つなのだ、とも言っていました。でも、あれっ、その「弁」の字は、新字体だよなあ……

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 現在、私たちがふつうに使っている「新字体」とは、第二次世界大戦後の1949(昭和24)年に制定されたもの。それ以前に使われていた漢字は「旧字体」といって、たとえば「安全弁」の「弁」ならば、旧字体は「瓣」となります。もっとも、「弁」は新字体としては特殊な例で、「弁護士」の場合は旧字体は「辯」となり、「弁理士」の場合は「辨」となります。

 となると、1940(昭和15)年に進水して、1944(昭和19)年に撃沈された「武蔵」に、新字体の「弁」が使われていていよいものか? すわ、一大事、これは壮大なCGなのか!

 と色めき立ってしまったのですが、現実はそう単純なものでもありません。

 新字体の中には、それ以前から使われていた略字の類を、正式なものとして採用した例が数多く含まれています。「瓣」の代わりに「弁」を用いるというのも、調べてみると、1923(大正12)年に臨時国語調査会が発表した『常用漢字表』の「略字表」に、すでにその例がありました。

 となれば、戦艦「武蔵」のバルブのところに「弁」が使われていても、別に不思議はないわけで。むしろ、「字体」の歴史を、生々しく伝えてくれているのかもしれません。

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2015年3月 2日 (月)

先人の努力のたまもの

 よく誤解されるのですが、ぼくは地道に努力することが苦手です。何ごとも長続きしないので、語学だとか楽器だとかは一向にものにできないまま、アラフィフに達してしまいました。仕事の場合はそんなことは言ってられないので、何かと目先を変える工夫をしつつ、なんとかこなしていくようにしてきました。

 そんなわけですから、地道に努力して作り上げられた仕事を前にすると、敬意を表さずにはいられません。

 朝日出版社さんから刊行されていた『実用漢字表現辞典』は、常用漢字を中心に、読み方や意味はもちろん、例語や用例、筆順とその注意点、漢字に関する基礎知識などなど、漢字についてのさまざまな情報を満載した1冊。ただ、惜しむらくは、編集作業をされた基礎学習研究会さんがすでに解散されたようで、近年は改訂がされないままでした。

 その改訂の作業を手伝ってほしい、と頼まれたのは、昨年の1月のこと。印刷用の原版は古くてもう手直しができないので、ゼロから組み直すことになりました。

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 実際にその仕事に手を染めてみると、旧版を作られた方が、いかに地道な努力を積み重ねて来られたかが、よくわかりました。写真はぼくが組み直したものですが、400ページを超える本文のほとんどが表組みスタイルで、漢字は総ルビ。しかも、隅々まで情報を詰め込んであって、白い部分はほとんど見当たりません。

 これを、写植で、おそらく最初は手動機で組まれたのだと思うと、その努力には溜息が出るほど。

 体裁面でも内容面でも、そのよさをできる限り生かしつつ、常用漢字や人名用漢字の改訂に合わせた内容の調整も行って、このたび、『新 実用漢字表現辞典』として改めて刊行されることになりました。

 ぼくも、怠けたくなりがちな自分の身に鞭を打って、地道な組版作業をなんとかこなし終えました。その結果、先人の地道な努力のたまものが、少しでも長く商品として生き続けることになるのであれば、こんなにうれしいことはありません。

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