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2013年8月

2013年8月31日 (土)

新しければこそ……?

 だいぶ前に、「翔」という漢字が入った名前の高校が目立ちますね、という記事を書いたことがありました。その際に、知り合いから、「館」も多くないですか? というご指摘をいただきました。それ以来、ずっと気になっていたので、夏の終わりに調べてみることにいたしました。

 今回、調べがついた範囲では、「函館」「角館」「館山」のように地名に「館」が付いているものを除くと、「館」を名前に含む高校は、全国で88校ありました。なかなかの数ですね。

 これらの中には、もちろん、「超」が付くような伝統校もあります。山形県の米沢興讓館、愛知県の時習館、福岡県の修猷館などなど、江戸時代の藩校や私塾に起源を持つ学校です。また、東京都の東京女学館や郁文館は明治時代、京都府の立命館高校は大正時代。これらも含めて、大正以前に設立されて現在の高校にまで続いている学校は、14校ありました。

 昔は、勉強のみならず、武芸なども含めて、何かを学ぶところには「○○館」という名前を付けるのが定番でした。「館」という漢字には、そういうイメージがあるのでしょう。

 そのイメージが高校名に復活し始めるのは、昭和の終わりごろのようです。特に平成に入ってからは、学校そのものの統廃合や、学科の再編にともない、新しい高校名が増えていきます。その中で、「館」という名前を持つ高校も、急激に増えていくのです。平成以降に登場した「館」を含む高校は、59校を数えます。フレッシュさの中にも格調の高さを持たせたいという思いが、この漢字を選ばせるのでしょうか。

 地域別にみますと、九州に31校もあるのが目立ちます。中でも、福岡県だけで12校。そのうちの8校が平成16年以降という急成長ぶりです。

 新しい時代に対応しつつも、伝統を受け継いでいかなくてはならない。現在の教育という営みに課せられた問題が、「館」の字には反映されているのかもしれません。

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2013年8月25日 (日)

日曜の朝の習慣

 日曜の朝は、遅めの朝食をとりながら、教育テレビの『趣味の園芸』をなんとなく見る。園芸らしきことはまったくしていないにもかかわらず、ここ数年、それがわが家の習慣になっています。

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 今日のテーマは、「花後の管理・ノウゼンカズラ」。真夏を華麗に彩ってくれる、ぼくも好きな花で、はす向かいのお宅のお庭に咲いているのを、毎日、眺めては楽しませていただいています。ただ、その管理については、ぼくがどうこうすることではありません。むしろ、気になったのは、「花後」の方でした。

 この熟語、「花の時期が終わった後」という意味ですが、放送を聞いていると、「はなご」と発音されています。「はな」は「花」の訓読みで、「ご」は「後」の音読みですから、いわゆる「湯桶読み」というやつ。たしかに、両方とも音読みで「かご」と読むのは、なんとなく落ち着きそうにありません。

 となると、「花の時期が始まる前」という意味の「花前」という熟語も存在していそうです。ただ、その読み方は、「はなぜん」ではなく「はなまえ」の方が落ち着くように思います。

 なぜなら、「その後」は「そのご」と読みますが、「その前」は、ふつうは「そのぜん」ではなく「そのまえ」だからです。「十年前」も、現在では「じゅうねんまえ」と読むのが自然でしょう。
 つまり、「後」は音読み「ご」が単独で使われることがめずらしくないのに対して、「前」は音読み「ぜん」が単独で使われることはほとんどない、ということです。

 「前後」とペアになる漢字ですが、その使い方に微妙な違いがあるのは、ちょっとおもしろい現象です。ひょっとすると、「前」と「後」に対する日本人の意識に、微妙な違いがあるのかもしれないなあ……。「園芸王子」こと三上真史さんのさわやかな笑顔を眺めながら、そんなことを考えたのでした。

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2013年8月14日 (水)

帯と呼ぶには太すぎる!

Photo  映画で話題の『少年H』(講談社文庫)を読みました。

 作者の妹尾河童さんは、父と同じ昭和5年の生まれ。舞台になっている神戸の鷹取近辺は、父が幼少期を過ごした須磨のすぐそばです。そんなわけで以前から気になっていた作品だったのですが、これまで、なかなか手に取る機会がありませんでした。

 実際に読んでみると、父の少年時代の神戸の町はこんな雰囲気であったろうか、と感じ入ることしきり。父は陸軍幼年学校に行った口なので、時代の行く末を常に醒めた目で見つめている主人公の少年Hとは、だいぶ違ったことでしょう。それでも、昔、父が「戦争になると、つまらんヤツが威張る」と言っていたのが、しみじみ思い出されました。

 そんなことを考えながらページをめくっているうちに、この文庫本には、カバーが二重にかけてあるのに気づきました。外側のカバーは、映画の公開に合わせて作られたもので、映画のシーンの写真や、宣伝文句が刷り込まれています。内側のカバーは、そういうもののない、本来の装丁です。

 世の中には、映画やドラマの宣伝が入った装丁がいやな人が少なからずいて、そういう人への配慮なのでしょう。いや、ひょっとすると、カバーをかけかえるよりは、二重にかける方が、外す手間が省けるぶんだけコストが少なくて済むのかもしれません。

 文庫本の装丁というのも、いろんなことをするものです。

 ただ、もっとおもしろかったのは、外側のカバーの袖の部分に「特大帯写真」云々と印刷されていたこと。これによれば、外側のカバーは、「カバー」ではなくて「特大帯」という位置づけのようです。たしかに、内側の本来のカバーより、天地のサイズが3ミリほど短いのですけれども……。

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