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2013年2月

2013年2月25日 (月)

アトムとシンフォニーと漢字

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 先週末、練馬区立石神井公園ふるさと文化館で開催中の特別展「鉄腕アトム放送50周年記念 アトムが飛んだ日」を、友人と一緒に見に行って来ました。

 チケットを買い、会場に入るなり聞こえてきたのは、ショスタコーヴィチの交響曲第5番「革命」。続いて、ベートーベンの「運命」交響曲。いったいなにごとかと思いきや、「鉄腕アトム」の記念すべき第1話が大画面で流されていて、ちょうど、アトムが誕生する場面なのでした。

 ぼく自身がリアルタイムで見た「アトム」は、カラー版の第2シリーズ。モノクロの第1シリーズは、見たことがありません。そんなこともあって、思わずその場に釘付けになって見入ってしまいました。

 天馬博士は亡き息子の代わりにアトムを開発するが、やがて、成長しないことに腹を立てて、サーカスに売り飛ばしてしまう。サーカスでは、見世物としてほかのロボットと戦わされるアトム。それを見て、心を傷めるお茶の水博士。しかし、人間たちを火災から救ったことがきっかけとなり、ロボットは奴隷のような地位から解放される……。

 と、まあ、これだけの話を正味25分の中でやってしまうわけで、50年前の作品とはいいながら、ストーリーといい、動きといい、十分に楽しめました。これが見られただけで、入場料300円の元はとれたというものです。

 ところで、ラスト近く、「ロボットにも人権を」と訴える集会が開催されます。一瞬、その垂れ幕の「権」の字が、旧字体の「權」(正確には、2つの「口」がつながった字)になっているのが見えた! と思ったら、次のシーンでは、「木へん」に「又」を書く「权」という略字がちらり!

 これが放送されたのは、1963(昭和38)年1月1日。当用漢字字体表によって新字体が制定されてから、15年近く経っています。それでも、さまざまな字体が生きていたことがよくわかります。

 アトムを見に行って、シンフォニーを耳にして、漢字を見つけて帰ってくる。なんとも収穫の多い1日でした。

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2013年2月20日 (水)

カレーの邪道な作り方

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 カレーを作るたびに、気になっていたことがあります。それは、ルウの箱の作り方に書いてあるこのことば。「ルウを割り入れて溶かします」というのですが、「割って入れる」ことを「割り入れる」という言い方があるのでしょうか……

 「投げ入れる」とか「引き入れる」とか「踏み入れる」とか、「○○入れる」ということばはたくさんありますが、これらの「入れる」は、「○○」という動作の方向や結果を表します。「投げる」ことと「入れる」ことは別々の動作ではなく、「投げる」という動作の結果として、自動的に「入れる」ことになるわけです。

 とすれば、「割り入れる」の場合も、「割る」という動作の結果として「入れる」ことにならなくてはなりません。たしかに、この絵のようにルウをお鍋の上で割れば、そのようになるのかもしれません。ただ、ぼくのやり方では、「割る」ことと「入れる」ことは明らかに別。まずは机の上でルウを割っておいて、それからそれをお鍋のところに持っていって中に入れます。こういうやり方は邪道なんでしょうかねえ。

 ぼくがいつも使っているのは、ハウスさんのバーモントカレー。そこで、近所のスーパーに行って調べて見ましたが、S&Bさんのカレーにも、グリコさんのシチューにも、「割り入れる」と書いてありました。むむむ、この業界では、「割り入れる」が標準らしい!

 家に帰って国語辞典を調べて見ると、『三省堂国語辞典』には、きちんと「割り入れる」という項目が載っていました。用例としては「たまごをボウルに—」とあります。たしかにこの場合は、「割る」のと「入れる」のは一続きの動作。いくら料理に不慣れで、なおかつひねくれもののぼくでも、別のところで割った卵を、わざわざボウルまで運んだりはいたしません。

 さすがサンコク! と感心した次第でありました。

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2013年2月16日 (土)

社外秘だなんて言わないで

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 近年、出版社の編集者が主人公になったドラマやマンガ、小説などはたくさんあって、その端くれをやっている人間としては、なにやら面はゆいような思いをすることがあります。その中で、大崎梢さんの『平台がおまちかね』(創元推理文庫、2011)は、出版社の営業マンが主人公という、なかなかの異色作です。

 内容は、5つの短編からなる連作ミステリー。とはいっても、ミステリーには付きものの殺人事件など起こりません。ある書店のマドンナ店員が急にふさぎ込んでしまったのはなぜか? ある地方書店の廃業に隠された事情とは? といった、駆け出し営業マンの井辻くんが日々の仕事の中で遭遇する、ちょっとした謎がテーマになっています。

 それぞれがおもしろいのですが、間にはさまれている「業務日誌」風の短い章が、出版営業という仕事を生き生きと伝えていて、またおもしろい。その最後の章で、営業マン同士が飲み会で、自社本の初版部数を明かしてしまうところがあります。

 「いいのだろうかと、ずいぶん戸惑った。でも現実に、教えてもらった数を参考にして、自分のところから出す本の初版部数を検討する。」

 ライバル社として競争しながらも、協力できるところは協力する、というわけです。

 今を去ること22年。入社したばかりの研修で、「部数は絶対、社外秘!」とたたき込まれたことを思い出します。ぼくの入った出版社の主力商品は学習辞典で、いわゆる「競合商品」だからそうだったのかもしれませんが……。

 「このご時世、売れる本はただそれだけで素晴らしい。互いに協力し合い、ベストセラーを一冊でも多く生み出していかないとね」

 そんな営業マンたちが働いている世界が、なんとも魅力的に見えたのでした。

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2013年2月 5日 (火)

見るだけでブルブルくる!

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 いやはや、ちょっとぼんやりしているうちに、あっというまに2月に入りました。遅ればせながら、今年最初の更新です。

 先日、西武池袋の駅を歩いていましたら、写真のようなポスターが目に入ってきました。埼玉県は小鹿野町というところにある、尾ノ内渓谷の「百景氷柱」の観光ポスターです。吊り橋の背景には、凍り付いた氷柱がいっぱい写っていて、いかにも冷たい雰囲気。「百景」を、「ひゃっけえ」と掛けてあるオヤジギャクが、これまた冷たさを倍加させている(?)といえましょう。

 このポスターを見てブルブルと震えながらも気になったのは、「ひゃっけえ」を「冷っけえ」と書き表して、「冷」の字に「ひゃ」とルビを振っていることです。

 「冷」という漢字は、「つめたい」とも訓読みしますが、「ひえる」「ひやす」「ひややか」などとも読みます。そこで、送りがなをどう付けるかですが、
  「冷る」「冷す」「冷やか」
と書き表しても、意味は通じますし、読み間違えられるおそれもそれほどはありません。

 ただ、そうすると、「冷る」の場合は「冷」を「ひえ」と、「冷す」「冷やか」では「ひや」と読んでいることになります。その不統一感を解消するためには、
  「冷える」「冷やす」「冷ややか」
と送りがなを付けて、「冷」は「ひ」とだけ読むようにすればいいわけです。

 その伝でいくと、「ひゃっけえ」ということばを漢字を使って書き表そうとすると、「冷ゃっけえ」としてやればよいわけですが、漢字の直後に小さな「ゃ」がくるのは落ち着かない。そこで、「冷っけえ」としたくなるけれど、今度は、これだけではなんと読めばいいか伝わらない可能性がある。「冷」に「ひゃ」とルビが振ってあるのは、そんなことをいろいろと考えた結果だったのではないでしょうか。

 漢字とはとても便利で魅力的な文字ではあるけれど、日本語の話しことばや方言を書き表すのにはあまり向いていないなあ、と思ったのでした。

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