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2012年12月

2012年12月30日 (日)

厳しい冬をしのぐ場所

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 今年もいろいろあった1年でしたが、わが家の話題を終始、独占し続けたのは、玄関脇の居候、フリーランスの猫くんでした。

 去年の暮れごろから居着いているので、冬を越すのを見るのは2度目。でも、情が移ったせいでしょうか。今年は去年よりも、寒くてかわいそうに思えてしかたありません。そこで、段ボールの猫ハウスにも改良を加えました。

 まず、風が吹き込むのを少しでも減らそうと、出入り口はやや狭く。地面の冷気がなるたけ伝わらないように、中にはタオルを何枚も敷き、その上には、ペット用のフリースのカーペット。ついでに、入り口付近には猫用の枕を置いてみました。

 努力のかいがあってか、夜はいつも、ここで過ごしているようです。また、昼間もこの中で眠っていたり、時には枕にあごをのせて、道行く人を眺めているのを見かけるようになりました。

 とはいえ、朝晩の冷え込みは厳しくなるばかり。彼女だって何度もの冬を越してきたのだ、とわかってはいても、毎晩、大丈夫だろうかと気になります。そして、毎朝、ドアを開けるなり、朝ごはんを求めてやって来るのを見ては、今朝も元気だね! とうれしくなります。

 まったく、毎朝、無事に目が覚めるというのは、不思議なほどありがたいこと。来年も、すべての猫たちに、平穏な朝が訪れますように。そうして、このブログを読んでくださったみなさんにとっても、よい年になりますように。

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2012年12月20日 (木)

トイレというメディア

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 お腹の調子がよくなくて、とある駅ビルのお手洗いに駆け込んだときのこと。

 用を足して、ほっと胸をなでおろしてふと前を見ると、写真のような張り紙がしてありました。「禁煙 NO SMOKING」だけではもの足りなかったのでしょうか。特に、真ん中の「音響警報が鳴動する感知器が」の行だけ強調してあるあたり、なかなか個性あふれる書きっぷりであります。

 たしかに、ランプが点滅するだけの警報というのもあるのでしょうが、ふつうは「警報」といえば、「音響」を伴うもの。「鳴動」もなんてことない熟語のようですが、実は日常生活で使うチャンスはあまりありません。「大山鳴動ネズミ一匹」ということわざを思い出させます。

 そして、それだけの言い回しをしておいて、あくまでそれは「感知器」にすぎない、という立場。要するに「警報器」と言ってしまえば済むところを、これだけのことばを駆使して表現しているわけです。

 わかりにくい日本語だなあ。

 と思ったものの、いや、待てよ、別に日本語は常にわかりやすくないとダメだ、とは限りません。トイレの個室というのは、この地球上で、考えごとには最も適した場所。ぼくと同じように、便器に腰掛けお尻は丸出しの状態で、この張り紙をぼんやり眺める人は、ゴマンといるに違いありません。

 とすれば、これくらいの言い回しの方が、かえって効果的なのかもしれないなあ。

 そんなことを考えながらトイレを出ると、人びとが足早に行き交うそこは、まぎれもなく俗世間。じっくり向き合ってくれる読者に恵まれたトイレというメディアが、ちょっとうらやましくなったりしたものでした。

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2012年12月 9日 (日)

ものを贈る喜び

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 古本屋さんで買い求めた、大正時代の小学生向けの漢和辞典。開いてみたら、扉には、左上に大きく朱色のハンコで「褒賞」の二文字が。テストでいい成績をとった子どもに、ご褒美として贈られたのでしょうか。

 賞品として辞書を贈るというのは、昔から行われていたことのようです。正確な年月日のメモをなくしてしまったのですが、明治時代の新聞を見ていたときに、やはり成績優秀な小学生に『康煕字典こうきじてん』をプレゼントした、という記事を見つけたことがありました。『康煕字典』といえば、現在では専門家だってそう簡単には使いこなせない高級な辞書。「小学生でそんなものをもらっても、困ったんじゃないかなあ」とつくづく思ったことでした。

 ぼくが学生だったころには、卒業・入学祝いとして辞書を贈るというのは、そんなに珍しいことではなかったように記憶しています。出版社で働いていたころには、「辞書の名入れサービス」なんていうのもやっていたものでした。

 それはおそらく、現在でも同じで、ただ、紙の辞書から電子辞書へと姿を変えているだけではないでしょうか。

 気になるのはこれから先のこと。電子書籍リーダーが普及して、辞書もダウンロードで買う時代になると、辞書をプレゼントするときには、メールに添付して、とかいうことになるのでしょうか。少なくとも贈る方からすると、ちょっとありがたみがないような……

 我々は、「本を贈る」という文化の終焉に立ち会いつつあるのかもしれません。

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2012年12月 2日 (日)

美しさは体の中へ

 先日、電車の中でぼんやりしてたら、偶然、目に入ってきたのが『モデル市川紗椰の毒だし「美腸」スムージー』という、集英社さんの本の広告。

 ある雑誌に書いたことがあるのですが、近年、「美○」ということばが増えてきているように思います。「美顔」はもちろん、「美脚」「美肌」「美眉」「美髪」などなど。「美尻」ということばもあれば、それらをひっくるめて「美体」と書いてあるのを見かけたこともあります。

 こういったことばでの「美」という漢字は、単に「美しい」という意味ではなく、「美しくする」という意味でも使われる傾向があるように思います。これは、漢字の意味が微妙に変化しつつある例なのかもしれません。

 もっとも、「美顔」ということばは、ずいぶん古くからあります。米川明彦編著『明治・大正・昭和の新語・流行語辞典』(三省堂、2002)によれば、1906(明治39)年に東京で「理容館」という美容室を開業した、日本美容界の先駆者、遠藤波津子(1862〜1933)が使い出した、当時の流行語だとのこと。変化のタネそのものは、1世紀も前にまかれていた、というわけです。

 さてさて、そこへ来ての「美腸」の登場。そういえば、以前、テレビのクイズ番組で、伊東四朗さんが「美脳」と叫んでいましたっけ。とはいっても、「美」と「腸」の組み合わせは、なかなか大胆でありましょう。

 ついでながら、家に帰ってインターネットで「美腸」を検索していたら、たまたま引っかかったのが「便活」ということば。以前「○活語のゆくえ」という記事を書いたことがありましたが、漢字は漢字なりに、時代を映しながら新たな使われ方を編み出しているようです。

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