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2012年9月

2012年9月27日 (木)

ここで世界は終わらない

 数年前から電子書籍が騒がれるようになって、「紙の本の運命は?」などと問いかけられることも多くなりました。そんな中で、本作りに携わってきた者として、折に触れて自問自答してみる問いが、1つあります。

 電子書籍と紙の本では、いったい、何が違うのか?

 電子書籍は場所をとらない。小さな端末に何千冊も詰め込んで持ち歩くことができる。あるいは、電子書籍ではだれでも手軽に「出版」することが可能になる。そんなことも言われます。ただ、それは、煎じ詰めて言えば「本の売り買い」に関するお話であって、「本作り」のお話ではないような気もします。

 NHK出版さんから、新刊の『中国文明の謎 中国四千年の始まりを旅する』が届きました。10月から放送する3回シリーズのNHKスペシャルのガイドブックで、編集協力と地図作成で関わらせていただきました。まぼろしの夏王朝から始皇帝の秦の統一まで、近年の新しい知見に豊富な図版が盛りだくさんという、なかなかおもしろい1冊になっています。

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 ぱらぱらと開いて見ておりましたら、気のついたことが1つ。それは、写真の裁ち落としが多用されていることです。写真の多い本では常套ともいえる編集技法ですが、ふと思ったのは、これは電子書籍では可能なのだろうか、ということでした。

 紙の端の端まで写真を印刷することで、その限界を超えた広がりを読者に感じさせる。電子書籍のビューワーには枠がありますから、どうしてもこうはいきません。少なくとも現時点では、電子書籍では裁ち落としという技法は使えないと思われます。

 電子辞書にも紙の本にも、それぞれの編集技法があるはずです。どちらが優れているとか、電子書籍が紙の本を駆逐するとかしないとか、そんな議論とは別に、それぞれの媒体に見合った編集技術を磨いていく。それこそが、「本作り」の現場に求められていることなのだろうと思います。

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2012年9月21日 (金)

○活語のゆくえ

 先日、電車に乗っているときにふと目にして気になったのが、『AneCan』の吊り広告。アラフィフ入り秒読みの男性にはほとんど無関係(理解不能?)な内容ばかり並んでいるのですが、その中に、「Let's 菌活!」とありました。ここ数年、「○活」ということばが花盛りですが、それにしても「菌活」とは!

 ぼくが昔から知っている「○活」といえば、「学活(学級活動)」くらい。大学生だった1990年前後には、まだ「就活(就職活動)」ということばもなかったように思います。それが、「婚活」が登場した2008年あたりから、いろいろな新しい「○活語」が登場するようになりました。

 本来は「○○活動」の略語だったはずの○活語ですが、増えるにつれて、略語とは思えないものが目立つようになります。「妊活」は「妊娠活動」の略かもと思われますが、そもそも「妊娠活動」ということばが存在しているのかどうか。「終活」になると、これはもう略語ではなくて、「就活」をもじって作られた新語だと考えるのが妥当でしょう。「美活」や、以前、やはり吊り広告で見かけた「免活」なんてのも、略語ではないと思われます。

 この現象を漢和辞典的に考えると、ほかの漢字のあとにくっついて「○○を手に入れるために積極的に動き回る」ことを表す、というはたらきが、「活」という漢字に新たに付け加わった、と見ることができます。いずれ、漢和辞典の「活」のところにそんな説明が見られる時代が来るのかもしれません。

 ただ、もうちょっと突っ込んで考えると、「就活」「婚活」「妊活」「終活」などの「活」には、人生の重大な選択を深刻になりすぎないように捉える、というような響きがあるようにも感じます。それに対して、「美活」「免活」になると、そういう「重大性への対処法」みたいな雰囲気は薄くなっているのではないでしょうか。

 「菌活」とは、話題の塩麴をはじめとするいろいろな菌を摂取して健康になろう、ということのようです。吊り広告を眺めながら、重さの抜けた○活語はいったいどこまで行くのだろう、と思ったのでした。

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2012年9月15日 (土)

お別れは突然に……

Macbook

 あれっ、ちょっと動きがおかしいぞ、再起動してみよう……

 そう思ったのが、最後でした。何度電源を入れ直しても、画面に出てくるのは?マークの点滅ばかり。OSのインストールディスクから起動しようとしても、ディスクが吐き出されてしまいます。ハードウェアテストを試みても同様。あっけないお別れでした。

 思えば、使い続けて約6年。かなり酷使してきました。『昭和を騒がせた漢字たち』(吉川弘文館、2007)以降の原稿書きはすべてこのMacBookで。『太宰治の四字熟語辞典』(三省堂、2009)と『漢字ときあかし辞典』(研究社、2012)では、組版までやってくれました。会社を辞める際の辞表はさすがに手書きしましたが、ぼくの喜怒哀楽のほとんどは、このノートパソコンとともにあったのです。

 去年の夏、今年の夏と、節電のためにエアコンを付けられない中で働かされたMacBook。ハードディスクの発熱をアイスノンで抑えながら、それでもバッテリはぱんぱんに膨れ上がって、今年に入ってからはバッテリを外した痛々しい姿でした。

 よく働いてくれました。ほんとうに、ありがとう。

 それにしても、今年は物要りが多くて、困ります。風呂釜が壊れ、ドアフォンが壊れ、携帯が壊れ、リビングのエアコンは壊れる前に節電対策もあって買い替え。

 もっと働いて、もっともっと稼がなくては!

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2012年9月10日 (月)

ガラスの板に未来が見える

Photo

 これは、「写植の文字盤」と呼ばれるもの。出版社に勤めていたころ、倉庫の大掃除を手伝ったときに、捨てられそうになっていたのをもらい受けたものです。

 「写植」とは、「写真植字」の略。活版印刷で活字を並べていくことを「植字」と呼ぶのですが、写植では、写真のように印画紙に文字を焼き付けることで、それを行います。原稿の文字を印画紙に1つ1つ焼き付けていってページを作り、それを印刷用の原版として使うわけです。

 その文字のもとになるのが、文字盤。この中から1文字を選び、その部分を通して印画紙に光を当てると、文字の部分だけ光が当たり、化学反応によってそこが黒くなる、という原理です。

 お見せしている文字盤は、漢和辞典用に特別にあつらえられたもの。かなり特殊な漢字ばかりが収まった小さなもので、こういう文字を印字するときには、これを差し替えながら使っていたとのこと。ふだん使う標準の文字盤はもっと大きなもので、2000字以上が並んでいたらしいですが、残念ながら、ぼくは現物を見たことはありません。

 写植が便利だったのは、倍率を変えることで、同じ文字盤の文字からさまざまな大きさの文字を印字できた点でしょう。活版印刷で文字の大きさを変えるには、それぞれの大きさの活字が必要でした。また、変形レンズを用いることで長体・平体・斜体も簡単に可能となり、印刷文字の表現の幅が格段に広がったのも、写植の功績の1つでしょう。

 1980年代になると電算写植機が登場。文字盤から文字を探して直接、焼き付ける手動写植機は姿を消していきます。現在、隆盛を誇っているのは、パソコン上で組版を行うDTPですが、少なくとも日本語の組版においては、電算写植機の技術がなければ、DTPの実現はもっと苦労をしたことでしょう。

 そう考えると、この写植の文字盤も現在につながっているのだ、と感じられて、ちょっと厳粛な気分になります。

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2012年9月 5日 (水)

真夏の妄想、道後温泉にて

 ハードディスクの中の古い写真を整理していたら、また、ちょっとおもしろいものを発見しました。

 2004年の8月、道後温泉に旅行したときのこと。あまりに暑いのでお茶でもしようと、喫茶店に入りました。オレンジ色がかった薄暗い照明のもと、木目調のテーブルと椅子が並ぶ、なかなか雰囲気のいいお店。アイスティーなど飲んでいたら、テーブルの上にメモ帳が置いてあるのが目に入りました。

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 めくってみると、いろいろな人の旅の思い出が書きつづられています。さすが観光都市、喫茶店にも思い出帳が置いてあるんだ、と感慨にふけりながら見ておりますと、ふと、こんなページが!

 ヘタな写真なので見づらいとは思いますが、「廣」という字が2つ、書いてあります。これは「広」の旧字体。お名前などでは今でもよく使われている漢字です。

 ところが、よく見るとこの2つは形が微妙に違います。左側は、「广」の下がふつうの「黄」ですが、右の字は、「廿」の下に「一」を書く形になっている。しかも、この部分がはっきり見えるように意識して書いてあることが、よくわかります。

 漢和辞典で「広」の旧字体はといえば、実は右の方です。「黄」だって、旧字体ではこのように書くからです。ただ、実際には、お名前などでも左のように書くことがよくあります。どっちが正しいんだ? なんて言われることも、しばしばです。

 ……ぼくの名前のヒロっていうのはね、ふつうのヒロじゃないんだよ。「廣」って書くんだ。ふつうの黄色じゃなくてね、「廿」の下に「一」を書く、由緒正しい字なんだ。

 一緒に温泉に入りに来た彼女に、こんなことを一生懸命、説明している彼氏の姿を、妄想してしまいました。もし、そんなカップルが実在したとしたら、彼女の反応はどんなふうだったのでしょうねえ。

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