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2012年3月27日 (火)

モクレンは乱れ散るか?

Photo  コブシの花が咲き始めた。

 咲き始めのコブシの花は、まだ葉の出ないシルバーの枝先にとまった、純白の小鳥のよう。早春の青空に照り映えて、美しい。毎年、その姿を眼にすると、いよいよ春がやって来るんだな、という気分になる。

 コブシは漢字では「辛夷」と書くのだが、多くの植物の名前と同じように、中国語としての「辛夷」は、コブシではないらしい。モクレンを指すのだという。そこで、漢和辞典では「辛夷(しんい)」という項目に、まずモクレンを載せて、その後に日本語ではコブシを指す、と付け加えるのがふつうだ。伝統的な漢和辞典の世界では、中国語としての意味の方が優先だからである。

 「辛夷」がうたわれた漢詩としては、7世紀の詩人、王維の「辛夷塢」が有名だ。「塢」とは土手を意味する漢字で、音読みにはオとウの2つがある。「辛夷塢」とはコブシの咲いている土手のことで、「しんいお/しんいう」と読む。

  木末(ぼくまつ) 芙蓉(ふよう)の花
  山中 紅萼(こうがく)(ひら)
  澗戸(かんこ) 寂(せき)として人無く
  紛紛(ふんぷん)として開き且つ落つ

 枝先に咲いた辛夷の花は、まるで芙蓉の花のよう。山奥で赤い花びらを広げている。谷川沿いの家はひっそりとして人の気配がなく、ただ辛夷の花だけが乱れ散っている……

 この「辛夷」は、赤い花だからやはりコブシではない。だが、「紛紛として開き且つ落つ」というところは、モクレンともそぐわなくないだろうか? そこで、王維が詠んだ「辛夷」は、ひょっとするとコブシでもモクレンでもないのではないか、などと思ったりもする。王維の時代と現在とで、「辛夷」が同じものを指しているという保証はないのだし。

 そうなってくると、お手上げである。ただ、漢詩の鑑賞ということでいえば、そういう詮索はひとまず置いて、王維の描いた美を感じ取ることができれば、それで十分のような気もする。

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