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2012年3月11日 (日)

誤植指摘のタイミング

 出版社の編集部で働き始めて、4〜5年くらい経ったころのことだ。すでに自分が担当して何冊かの教科書と何冊かの単行本を世の中に出すことができて、仕事をだいたい一人で回せるようになってきたかな、と思っていたころ。仕事に対する自信が付いたといえば聞こえはいいが、逆に見れば、少々、高ピーになっていたころでもある。

 右隣の席に座っていた後輩の女性が初めて担当した単行本が、できあがってきた。新刊は部内で回覧するのが、編集部のならわしだ。できたてほやほやの本が、早速、ぼくの手元に回ってきた。どれどれ、彼女はどんな仕事をしたのだろう、と思ってページを開く。その瞬間、いきなり誤植が目に飛び込んできたのである。

 善は急げ、だ。ぼくはすぐさま、自分の席で仕事をしている彼女に「ここ、誤植じゃないかなあ」と指摘した。すると、左隣に座っていた大先輩が、こうおっしゃったのである。

 「円満字くんね、そういうことは、しばらく経ってからこっそり教えてあげるものだよ。」

 担当した本ができあがってくるのは、いつだってうれしいものだ。そんなときにわざわざ誤植の指摘をするなんて、大人げない。それが、初めて担当した本ならば、なおさらだ。重版の機会があるまで誤植の修正はできないのだから、それまでの間に、ゆっくり指摘してあげればいい。

 書籍や雑誌の編集者にとって、校正とは、必要とされる基本的な能力の1つだ。ただ、それは「他人の間違い探し」だから、ときには気をつけてやらないと、とても「人が悪い」ということになりかねない。誤植の指摘にも、TPOがあるのだ。

 そのときのぼくは、確実に「ちょっと仕事ができると思い込んでいる人が悪い先輩」だった。だから、そのことをきちんと教えてくれた大先輩のことばが、いまだに忘れられないのである。

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