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2012年2月26日 (日)

本を捨てる日

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 申し訳ないなあ。ほんとに申し訳ないなあ……

 そう念じながら、積み上げた本をビニールのひもで縛り上げる。土曜日は古紙回収の日。本を捨てるのである。

 学生時代は、本を捨てるなんて、考えられなかった。買った本、読んだ本は、すべて手元に置いておきたかった。ぼくはそれほどの読書家ではないつもりだが、それでも、友だちが遊びに来たときに、「これは何とかせんとあかんやろ」と言うほどには、本をためこんでいた。

 しかし、働き出してから、考えが変わった。その理由は、2つある。

 1つは、背に腹は代えられぬ、ということだ。これから先の生涯、読んだ本すべてを保存しておくスペースを確保することなど不可能だということが、わかったのである。自分の稼ぐ力の限界を悟ったのだ。

 もう1つの理由は、自分が本を生み出す側に回ったことに関係している。

 ぼくは、編集者として何十冊もの書籍の誕生に関わってきた。いや、月刊誌を担当していたこともあるから、冊数で数えれば、100冊を超えることだろう。教科書や漢和辞典は毎年、万単位の部数で製造されるものだから、ぼくが担当してきた本のすべての部数を合わせれば、数十万部ということになるのだろう。

 それらすべてが、永遠に存在し続けなければならないとすれば、どうなるか? いや、時々刻々、世界中のあちこちで生み出され続けている本たちが、すべて永遠に存在し続けたとすれば、遅かれ早かれ、この地球上は本たちで足の踏み場もなくなってしまうのではないか……

 それは、極端な想像だ。でも、あらゆるものがいつかは滅びるように、あらゆる本だって、いつかは滅びなくてはならない。それが、本の運命というものだ。編集者として働くようになってから、そのことを強く意識するようになった。つまり、ぼくにとって本を捨てるということは、編集者としての責任の一種のように思われるのだ。

 とはいえ、本を捨てるときは、いつも断腸の思いがする。もちろん、読み返したい本、参考にする可能性がある本は、捨てるはずもない。捨てる本は、当面は不要になった本ばかりだ。とはいえ、どれも縁あってめぐり会った本たちだ。捨て去るのは、やはりしのびない。

 そうやって逡巡しながら、ぼくは時折、何かに大きなものに背中を押されでもしたように書棚を整理しては、本を縛り上げていくのである。

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