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2012年2月11日 (土)

あるアイデアの終わり

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 ジュンク堂のネットストアで本を買ったら、スリップが入ったまま、送られてきた。「スリップ」とは、書店で売られている本に出版社が挟み込む短冊のことで、円い頭が突き出ているところから、「坊主」とも呼ぶらしい(ぼく自身は、そう呼んでいる人を見たことはないけれど)。

 書店で本をレジに持っていくと、店員さんは必ずスリップを抜き取る。スリップには書名や出版社名、定価、ISBNコードなどが書いてあるので、取っておけば、どの本がどれだけ売れたかがすぐわかる。売上管理に役立つのだ。と同時に、スリップは出版社への注文票としても使えるようになっている。売れた本を補充したい場合は、書店はスリップに自分のところのハンコを押して、注文冊数を記入の上、出版社に届ければいいのである。

 なかなかうまい仕組みである。この方法を思いついた人は、とても頭がいいと思う。井狩春男『本屋通いのビタミン剤』(1990、筑摩書房。のち、ちくま文庫)によると、スリップを考え出したのは、実は書店の方だという。

 「これを最初に考案(発明)したのは、日本橋丸善の店員さんで、大正時代であるが、その当時は、“舌”と呼んでいた。
 出版社では岩波書店が最初で、岩波文庫に使った。」

 もう少し詳しい話を別のどこかで読んだ記憶があるが、忘れてしまった。あるいは、図書館で借りた松本昇平『出版販売用語のはじまり』(1992、ビー・エヌ・エヌ)に載っていたのかもしれない。なんにしても、頭のいい店員さんが、日本橋丸善にはいたのだ。

 スリップが大正時代に登場したということは、もうかれこれ100年近い間、出版業界で活躍してきたことになる。スリップは出版流通には必須のアイテムだから、編集者たるもの、本を校了にする際には、スリップの発注も忘れてはならないのである。

 ただ、1世紀にも及ぶその歴史も、そろそろ終焉の時が近い。今では、レジでバーコードを読み取れば、一瞬にして売上データはコンピュータに記憶される。そして、補充注文もたいていはオンラインでなされるから、スリップの活躍の場所は、どんどん少なくなっている。その証拠が、こうやってぼくの手元にまで届いたスリップなのだ。

 書店でスリップを活用していれば、スリップは必ず抜き取られる。抜き取られないということは、その書店ではスリップは不要だ、ということだ。ネットストアだけでなく、いずれ、店頭レジでもスリップの抜き取りをやめる書店が出てくるかもしれない。それが一般化すれば、出版社の側でもスリップを挟み込むのをやめるだろう。

 日本の出版流通に大きな影響を与えた1つのアイデアが、その役割を終えようとしている……

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