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2012年2月23日 (木)

校正刷りの重量感

 辞書編集の仕事がほかの書籍の編集の仕事ともっとも異なるのは、その校正刷りの量だろう。

 たとえば、B6判で、本文3段組1800ページの漢和辞典を作るとする。仕上がりサイズのままだと、文字があまりにも小さくて校正しにくいので、校正刷りの段階では、120〜150%くらいに拡大して出力する。さらに、辞書の校正では赤字がたくさん入るものだから、その余白が必要だ。というわけで、初校、再校あたりでは、校正刷りはB4判の大きな紙に、2段ずつ間を空けて出力しておく。つまり、3段組1800ページが2段組2700ページになる。

 想像してみて欲しい。B4判の紙が2700枚、積み重なっている姿を。1枚0.08ミリだとして、単純計算では21.6センチ。ただし、この高さは紙がすき間なくぴっちりと積み重なっている場合であって、出力機を通ってきた紙は、そうはいかない。微妙に湾曲したり間に空気が入ったりしているから、30センチ近くにはなるのではないだろうか。その重量感たるや、相当なものである。

 ぼくは教科書の仕事を7年ほどやってから、辞書担当へと異動になった。教科書は、厚いもので300ページを超えるくらいで、しかも校正刷りは見開き2ページごとに出力されるから、1冊まるまるでも150〜160枚程度。厚さにすれば2センチにもならないだろう。そんな世界から移ってきて、最初に辞書の分厚い校正刷りを目の前にしたときには、ずしんと気が重くなったものだ。

 辞書編集者は、それを1枚ずつ見ていかなくてはならない。そこで、ぼくは計算をする。1枚を見るのに15分かかるとして、1時間で4枚。毎日2時間残業するとして10時間労働。ただし、読者から質問の電話が入ったり、上司から「打ち合わせ」と称して呼び出されたりすることもままあるから、校正の仕事に確保できるのは9時間としよう。1日に36枚ずつ見ていったとして、2700枚を見終わるのには75労働日かかることになる。週休2日で、15週。3か月半だ。

 こうやってスケジュールを立てたら、これを必ず守るようにする。36枚が終わらなければ、飲みに誘われようが見たいテレビがあろうが、終わるまで仕事をする。逆に、たまたま調子がよくて早く終われば、鼻歌を歌いながら定時で帰る。辞書の仕事は長丁場なのだ。いい気になってあまり飛ばしすぎると、最後までもたない。

 来る日も来る日も、36枚。考えるだけでもうんざりするような、単調な仕事だ。事実、何回経験しても、取り組み始めたときには、ぼくだって投げ出したくなる。もともと、そんな地道な性格ではないんだから! こんな苦行、勘弁してくれ。オレはそんなマゾじゃないんだ!

 でも、「仕事」だからしかたがない。投げ出したって、だれも助けてくれやしない。

 そうやって、1日ずつ進んでいくと、必ず「その時」がやって来る。最後の1枚を見終える時が。

 「終わり」があるというのは、ありがたいことだなあ、とつくづく思う。そのありがたさをかみしめながら、また次の「始まり」へと向かうのである。

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