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2012年2月

2012年2月29日 (水)

買うならばプラスチック製を

 寝る前にぐるぐるっとチャンネルを一回りさせたら、お天気キャスターのみなさんが声をそろえて、「積雪に警戒を!」とおっしゃっていた。朝5時、トイレに行ったついでに窓から外を眺める。雪は多少、降っているものの、積もってはいない。ああ、よかった、と思っていたら、7時には一面、銀世界と化していた。

 ぼくが生まれ育った兵庫県の西宮市というところは、ほとんど雪が降らない。たまに降っても、積もることはほとんどない。だから、雪が降るとなんとなく心が弾む。ただ、今の家で暮らすようになってからは、そんなのんきなことも言ってられなくなった。雪かきをしなくてはいけないからである。

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 家の前の道を、家の幅のぶんだけ。坪数を書くのも気恥ずかしいくらいに小さな我が家だが、たったそれだけでも、雪かきは骨が折れる。しかも、最初に雪が降ったときに、何も考えずに重たい金属製のシャベルを買ったものだから、労力は倍以上。以来、戸建てを買う友人には、雪かき用のシャベルはプラスチック製のものがいいよ、なんて、よけいなアドバイスをしている。

 しかたないので、今日もその金属製の大きなシャベルをやおら取り出して、雪かきを始める。積もった雪は、所によっては10センチ近い。昼間の雪だから凍り付いてはいないので、根っこにシャベルを突っ込むのにそんなに苦労はしない。とはいえ、それを持ち上げようとすると、ずしりと重い。

 大きなシャベルに恐れをなしたのか、この冬、我が家の軒下をねぐらにしている自由猫が、降る雪の中を逃げていく。怖がらなくていいのに。ただでさえ寒がりの猫族なんだから、雪の上を歩くと、凍えるだろうに。残された肉球のあとが、なんともかわいい。

 帰ってくるときに少しでも楽なように、猫の通り道の雪も、かき出しておいてあげようか。

 明日、明後日の筋肉痛は覚悟の上。重たいシャベルを動かし続ける。

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2012年2月28日 (火)

人生初めてのカメラ

 昨日だったか、一昨日だったか。夕ご飯を食べながらニュースを見ていたら、オリンパスの新社長が記者会見で、「信頼回復に努めます」というようなことを言っているのが聞こえた。おはしを持つ手をふと止めて、ぼんやりと考える。

 信頼回復って、どういうことをするのだろう?

 オリンパスといえば、なつかしのハーフサイズ・カメラ、PENを思い出す。小学校高学年のころ、ぼくはこのカメラを手に、お城跡の写真を撮りに行っていたものだ。父のお下がりが兄の手を経て、さらにぼくのものとなった、人生初めてのカメラである。

 それから30年近くが経った現在でも、カメラ・メーカーとしてのオリンパスは健在だ。そして、手術用の内視鏡でも世界有数のメーカーだということは、今回の騒動で知った。ただ、この事件を通じて、そういったオリンパスの光学機器そのものの信頼が傷ついたという報道は、目にしていないような気がする。

 考えてみれば、不思議かもしれない。オリンパスの巨額の損失隠しは、かつての食品メーカーのような、自社製品の安全性を揺るがし、消費者に害を及ぼしかねないようなものとは違う。かといって、目下、世間を騒がせつつある投資顧問会社のように、人さまのお金を預かってそれを失ってしまったというような事件とも異なる。実際の問題がどこで発生し、だれが迷惑を受けているのかということになると、それは「市場」でしかないのだろう。

 それが、あれだけ大きく報道され続けてきたというのは、現代の社会において、「市場」がいかに大きな存在かの証なのだろう。そして、そこにちょっとした違和感を抱いてしまうということは、ぼくの暮らしがいかに「市場」から遠いところにあるかを示しているのだろう。

 経理上のルール違反は、企業の信用を失墜させる。その荒波をかぶっているオリンパスの社員の方も、たくさんいらっしゃることだろう。ただ、その方々の日々の暮らしは、案外、ぼくの日常と似たり寄ったりかもしれない、などとも思う。

 オリンパスが企業全体として、一日も早く、かつての輝きを取り戻すことを祈りたい。

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2012年2月26日 (日)

本を捨てる日

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 申し訳ないなあ。ほんとに申し訳ないなあ……

 そう念じながら、積み上げた本をビニールのひもで縛り上げる。土曜日は古紙回収の日。本を捨てるのである。

 学生時代は、本を捨てるなんて、考えられなかった。買った本、読んだ本は、すべて手元に置いておきたかった。ぼくはそれほどの読書家ではないつもりだが、それでも、友だちが遊びに来たときに、「これは何とかせんとあかんやろ」と言うほどには、本をためこんでいた。

 しかし、働き出してから、考えが変わった。その理由は、2つある。

 1つは、背に腹は代えられぬ、ということだ。これから先の生涯、読んだ本すべてを保存しておくスペースを確保することなど不可能だということが、わかったのである。自分の稼ぐ力の限界を悟ったのだ。

 もう1つの理由は、自分が本を生み出す側に回ったことに関係している。

 ぼくは、編集者として何十冊もの書籍の誕生に関わってきた。いや、月刊誌を担当していたこともあるから、冊数で数えれば、100冊を超えることだろう。教科書や漢和辞典は毎年、万単位の部数で製造されるものだから、ぼくが担当してきた本のすべての部数を合わせれば、数十万部ということになるのだろう。

 それらすべてが、永遠に存在し続けなければならないとすれば、どうなるか? いや、時々刻々、世界中のあちこちで生み出され続けている本たちが、すべて永遠に存在し続けたとすれば、遅かれ早かれ、この地球上は本たちで足の踏み場もなくなってしまうのではないか……

 それは、極端な想像だ。でも、あらゆるものがいつかは滅びるように、あらゆる本だって、いつかは滅びなくてはならない。それが、本の運命というものだ。編集者として働くようになってから、そのことを強く意識するようになった。つまり、ぼくにとって本を捨てるということは、編集者としての責任の一種のように思われるのだ。

 とはいえ、本を捨てるときは、いつも断腸の思いがする。もちろん、読み返したい本、参考にする可能性がある本は、捨てるはずもない。捨てる本は、当面は不要になった本ばかりだ。とはいえ、どれも縁あってめぐり会った本たちだ。捨て去るのは、やはりしのびない。

 そうやって逡巡しながら、ぼくは時折、何かに大きなものに背中を押されでもしたように書棚を整理しては、本を縛り上げていくのである。

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2012年2月23日 (木)

校正刷りの重量感

 辞書編集の仕事がほかの書籍の編集の仕事ともっとも異なるのは、その校正刷りの量だろう。

 たとえば、B6判で、本文3段組1800ページの漢和辞典を作るとする。仕上がりサイズのままだと、文字があまりにも小さくて校正しにくいので、校正刷りの段階では、120〜150%くらいに拡大して出力する。さらに、辞書の校正では赤字がたくさん入るものだから、その余白が必要だ。というわけで、初校、再校あたりでは、校正刷りはB4判の大きな紙に、2段ずつ間を空けて出力しておく。つまり、3段組1800ページが2段組2700ページになる。

 想像してみて欲しい。B4判の紙が2700枚、積み重なっている姿を。1枚0.08ミリだとして、単純計算では21.6センチ。ただし、この高さは紙がすき間なくぴっちりと積み重なっている場合であって、出力機を通ってきた紙は、そうはいかない。微妙に湾曲したり間に空気が入ったりしているから、30センチ近くにはなるのではないだろうか。その重量感たるや、相当なものである。

 ぼくは教科書の仕事を7年ほどやってから、辞書担当へと異動になった。教科書は、厚いもので300ページを超えるくらいで、しかも校正刷りは見開き2ページごとに出力されるから、1冊まるまるでも150〜160枚程度。厚さにすれば2センチにもならないだろう。そんな世界から移ってきて、最初に辞書の分厚い校正刷りを目の前にしたときには、ずしんと気が重くなったものだ。

 辞書編集者は、それを1枚ずつ見ていかなくてはならない。そこで、ぼくは計算をする。1枚を見るのに15分かかるとして、1時間で4枚。毎日2時間残業するとして10時間労働。ただし、読者から質問の電話が入ったり、上司から「打ち合わせ」と称して呼び出されたりすることもままあるから、校正の仕事に確保できるのは9時間としよう。1日に36枚ずつ見ていったとして、2700枚を見終わるのには75労働日かかることになる。週休2日で、15週。3か月半だ。

 こうやってスケジュールを立てたら、これを必ず守るようにする。36枚が終わらなければ、飲みに誘われようが見たいテレビがあろうが、終わるまで仕事をする。逆に、たまたま調子がよくて早く終われば、鼻歌を歌いながら定時で帰る。辞書の仕事は長丁場なのだ。いい気になってあまり飛ばしすぎると、最後までもたない。

 来る日も来る日も、36枚。考えるだけでもうんざりするような、単調な仕事だ。事実、何回経験しても、取り組み始めたときには、ぼくだって投げ出したくなる。もともと、そんな地道な性格ではないんだから! こんな苦行、勘弁してくれ。オレはそんなマゾじゃないんだ!

 でも、「仕事」だからしかたがない。投げ出したって、だれも助けてくれやしない。

 そうやって、1日ずつ進んでいくと、必ず「その時」がやって来る。最後の1枚を見終える時が。

 「終わり」があるというのは、ありがたいことだなあ、とつくづく思う。そのありがたさをかみしめながら、また次の「始まり」へと向かうのである。

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2012年2月20日 (月)

想い出の阪急ブレーブス

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 数年前に実家を取り壊したときに、整理していたら出てきたといって母がくれたものの中に、こんなものがあった。子どものころ、よく飲んでいたサントリーのオレンジエードというジュースのおまけに付いてきた、阪急ブレーブスのミニ・ヘル・キャップだ。

 ぼくは生まれてから高校を卒業するまで、ずっと兵庫県の西宮市で過ごした。最寄りの駅は、阪急電車の門戸厄神(もんどやくじん)。1駅となりの西宮北口には、阪急ブレーブスの本拠地、西宮球場があった。

 上田利治監督のもと、阪急ブレーブスが日本シリーズで広島カープを破って初の日本一に輝いたのは、1975年のこと。翌年、翌々年は長嶋巨人と闘って、日本シリーズ3連覇。そして、1978年の日本シリーズでヤクルトスワローズに敗れるまでが、阪急ブレーブスの黄金時代だ。ちょうど、ぼくの小学校時代に重なる。

 そんなわけで、ぼくにとって阪急ブレーブスはヒーローだった。そのころから体を動かすのは嫌いだったけれど、阪急ブレーブスだけは応援していた。母に夕ご飯用の弁当を作ってもらって、学校を終わってすぐに西宮球場まで試合を見に行ったこともあった。開場と同時に入って、試合前の練習から見るのである。

 試合が始まっても、内野スタンドの下の方に、申し訳程度の応援団がいるくらい。太鼓とトランペットの音がやけに響き、バットがボールを打つ乾いた音がこだまする。近鉄バッファローズの赤鬼、チャーリー・マニエルがあごにデットボールを受けたあと、プロテクターを付けて打席に立ったときには、どこかのオッサンが「アメリカンフットボール!」などと野次を飛ばしていたっけ……。

 当時の閑散とした西宮球場のナイト・ゲームは、それはそれで美しい情景だった。

 野球とは、そんなものだと思っていた。満員のスタンドなんて、日本シリーズだけなのだと。だから、やがて、セ・リーグの試合、特に巨人戦はいつだって満員の観客の中で行われていることに気づいたときの驚きといったら! そして、ぼくの愛する阪急ブレーブスは、世間では不人気球団だとされていることを知ったときの気持ちといったら!!

 1988年の晩秋、阪急ブレーブスは身売りされてオリックスブレーブスになった。やがて本拠地は神戸グリーンスタジアムに移り、球団名もオリックスブルーウェーブとなる。さらに2004年には、近鉄バッファローズと合併。かくして、「不人気球団」は想い出の中へと消えてしまったのである。かつて西宮球場があった場所には、今では巨大なショッピングモールが建っている。

 自分の好きなものが、世の中でも広く支持されるとは限らない。そんな哀しい現実をぼくに最初に教えてくれたのは、阪急ブレーブスだったような気がする。

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2012年2月16日 (木)

教科書の誤植のはなし

 教科書というのは「間違いがあってはいけないもの」だから、何度も何度も校正をする。ぼくが働いていたのは高校の国語教科書の編集部だったが、そこでは、1冊の教科書を必ず2人で担当するのがきまりだった。この編集担当2名はもちろん、くり返しくり返し、校正をすることになる。

 また、編集委員の先生方も、少なくても5〜6人、多いときは10人以上が見てくださる。さらに、同じ編集部のほかの編集者に校正刷りを見てもらうこともしょっちゅうだ。高校の国語教科書なんて、ページ数も限られているから、文字数もたかが知れている。これほど密度の高い校正を経て校了になる書籍も、珍しいだろう。

 ただ、それでも、残念ながら誤植は残る。そして、教科書検定の場で、「検定意見」という形でそれを指摘されることになる。

 夏目漱石の『こころ』は、今も昔も高校国語教科書の定番教材だ。その中で、主人公の「私」が友人Kに対して、次のような思いを抱く一節がある。

 「私には彼が一種の魔物のように思えたからでしょう。私は永久彼に祟(たた)られたのではなかろうかという気さえしました。」

 この「祟」という漢字が、「崇」になっていたことがある。「たたる」は「出」の下に「示」。一方、「山」の下に「宗」を書くと「あがめる」。ほとんど正反対の意味だ。今のような「仮名漢字変換」ではなく、文字盤から1文字ずつ漢字を探して入力していた時代ならではの誤植だ。

 こういう検定意見を受けるのは、編集者として恥ずかしい。だが、同時に、「虫眼鏡で見ないとわからないもんなあ」という言い訳がましい気持ちが、ないでもない。ただ、どうにも言い訳のしようもない誤植を出してしまったこともあった。

 教科書にはよく、「何ページ何行目参照」というような記述が出てくるが、校正の段階ではページも行もまだ動く可能性があるから、「○ページ○行目参照」というふうにしておく。校了直前に、全体をチェックしながら「○」のところに数字を入れていくのだ。ところが、この「○」が1か所だけ残ったまま、校了になってしまったことがある。

 このときは、教科書調査官には「あとでページを入れようと小賢しく考えていたのでしょうが、忘れてしまったのでしょうなあ」などと、ねちねちとかなりの嫌みを言われたものだ。ムカッと来るけれど、返すことばのあろうはずもない。ただただ、平謝り。それ以来、ぼくは、こういう場合には「○」は使わず、目立つ「★」を使うようにしている。

 そうやって、教科書調査官も見てくださった上で、教科書は検定を通過して、全国で使われるようになる。そうしてある日、ひょこっと、現場の先生からお電話をいただくのだ。

 「ここのところ、誤植じゃないですか?」

 「完璧な校正」とは、まことに、むずかしいことなのである。

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2012年2月14日 (火)

鳴りやまぬメロディ

 火曜日の夜、NHKのBSプレミアムでやっている『コズミックフロント』という番組がある。「宇宙研究最前線」といったような雰囲気で、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』、そしてクラークやアシモフやハインラインといったSFで育った身としては、空想がかき立てられて、観ていてとてもたのしい。

 ただ、番組が終わったあと、いつも困ってしまうことが1つある。それは、テーマ曲が頭の中でぐるぐる鳴り響いて、終わらない、ということだ。宇宙船が大宇宙を颯爽と駆け抜けていくような、気持ちのいいメロディなのだが、頭に残る部分の最初と最後が、ぼくの中でみごとに結びついてしまって、エンドレスになってしまうのである。

 こういう“終わらないメロディ”というのは、人それぞれ、いろいろあるんじゃないだろうか。

 モーツァルトの『トルコ行進曲』などは、いい例だ。あの有名なメロディがいったん、頭の中で鳴り出すと、たいへんである。早送りして終わろうとしても、いつのまにか最初に戻ってしまう。そもそも、あの曲って、どういう終わり方をしているんだっけ?

 ぼくにとっては、シューベルトの『ザ・グレート』と呼ばれる交響曲も、そうだ。終楽章の舞曲のような旋律が、ぐるぐるとエンドレスの迷宮にぼくを連れ込んでしまうのである。大好きな曲の1つなのだが、そんなわけで、おいそれと聴くわけにはいかないのが、悲しい。

 いまいましいのは、アメリカのテレビドラマ『ダラス』のテーマ曲。テレビ史に数々の伝説を残すこのドラマを、ぼくは1話たりともきちんと見たことはない。なのに、なぜかテーマ曲だけは脳みそのどこかに住み着いていて、トランペットの威勢のよいメロディが、折にふれて湧き出してくる。やめてくれ! と思うけれど、どうしようもない。ただただ、いつのまにか通り過ぎているのを待つしかないのだ。

 さて、今夜の『コズミックフロント』は、「砂漠のスペーストラベラー 到来!宇宙旅行時代」だそうだ。とってもおもしろそうだけど、観るとしばらくは脳内占拠の憂き目に遭うからなあ。はてさて、どうしたものやら……

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2012年2月11日 (土)

あるアイデアの終わり

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 ジュンク堂のネットストアで本を買ったら、スリップが入ったまま、送られてきた。「スリップ」とは、書店で売られている本に出版社が挟み込む短冊のことで、円い頭が突き出ているところから、「坊主」とも呼ぶらしい(ぼく自身は、そう呼んでいる人を見たことはないけれど)。

 書店で本をレジに持っていくと、店員さんは必ずスリップを抜き取る。スリップには書名や出版社名、定価、ISBNコードなどが書いてあるので、取っておけば、どの本がどれだけ売れたかがすぐわかる。売上管理に役立つのだ。と同時に、スリップは出版社への注文票としても使えるようになっている。売れた本を補充したい場合は、書店はスリップに自分のところのハンコを押して、注文冊数を記入の上、出版社に届ければいいのである。

 なかなかうまい仕組みである。この方法を思いついた人は、とても頭がいいと思う。井狩春男『本屋通いのビタミン剤』(1990、筑摩書房。のち、ちくま文庫)によると、スリップを考え出したのは、実は書店の方だという。

 「これを最初に考案(発明)したのは、日本橋丸善の店員さんで、大正時代であるが、その当時は、“舌”と呼んでいた。
 出版社では岩波書店が最初で、岩波文庫に使った。」

 もう少し詳しい話を別のどこかで読んだ記憶があるが、忘れてしまった。あるいは、図書館で借りた松本昇平『出版販売用語のはじまり』(1992、ビー・エヌ・エヌ)に載っていたのかもしれない。なんにしても、頭のいい店員さんが、日本橋丸善にはいたのだ。

 スリップが大正時代に登場したということは、もうかれこれ100年近い間、出版業界で活躍してきたことになる。スリップは出版流通には必須のアイテムだから、編集者たるもの、本を校了にする際には、スリップの発注も忘れてはならないのである。

 ただ、1世紀にも及ぶその歴史も、そろそろ終焉の時が近い。今では、レジでバーコードを読み取れば、一瞬にして売上データはコンピュータに記憶される。そして、補充注文もたいていはオンラインでなされるから、スリップの活躍の場所は、どんどん少なくなっている。その証拠が、こうやってぼくの手元にまで届いたスリップなのだ。

 書店でスリップを活用していれば、スリップは必ず抜き取られる。抜き取られないということは、その書店ではスリップは不要だ、ということだ。ネットストアだけでなく、いずれ、店頭レジでもスリップの抜き取りをやめる書店が出てくるかもしれない。それが一般化すれば、出版社の側でもスリップを挟み込むのをやめるだろう。

 日本の出版流通に大きな影響を与えた1つのアイデアが、その役割を終えようとしている……

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2012年2月 9日 (木)

ロウバイの香り

 テレビ埼玉を見ていたら、宝登山(ほどさん)のロウバイ園のCMをやっていた。秩父の方にあるちょっとした観光名所で、もう20年近く前に遊びに行ったことがある。その中で、「ロウバイの甘い香り」というナレーションが、耳に留まった。

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 そうか、ロウバイって、甘い香りがするもんなんだ……

 ロウバイの花は、よく知っている。黄色くて半透明のその花びらは、まるでロウ細工のよう。毎年、冬の寒い盛りに可憐な花を咲かせて、もう春は遠くはないんだと、元気づけてくれる。だが、ロウバイの香りは意識したことがなかった。ぼくは、味覚と嗅覚に関しては、人一倍、鈍感なのだ。

 ロウバイは、漢字では「臘梅」と書く。「臘」はなかなか目にしない漢字だが、旧暦の12月を指す。「旧臘(きゅうろう)」とは去年の12月のこと。「臘梅」は、旧暦の12月ごろに咲く梅に似た花、ということなのだろう。

 そんなふうに、ぼくは「臘梅」という漢字のことをそれなりによく知っているつもりだ。そして、ロウバイという花のこともわかっているつもりだった。なのに、これまでまったくその香りを嗅いだことがなかったとは!

 ことばだけ知っていたって、漢字だけ知っていたって、しかたがないよなあ。

 ご近所さんに、毎年、見事なロウバイを咲かせるおうちがある。久々のお天気だし、お散歩がてら、行って香りを味わってみることにした。玄関を出ると、抜けるような冬の青空。お向かいさんのベランダでは、色とりどりの洗濯物が、気持ちよさそうに陽差しを浴びている。

 目指すロウバイの木は、今を盛りと咲き誇っている。お庭から道へとはみ出した一枝に、鼻をそっと近づけてみる。特に匂いは感じないぞ。わが鼻はやっぱり、不良品かな?

 思い切って、ロウバイの花に、性能不良のわが鼻を埋めてみる。こんなことをしているのを人に見られると、アヤシイと思われるだろうなあ……

 その一瞬。甘くすっぱい香りがした。

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2012年2月 5日 (日)

ある図書館の貼り紙

 先日、ある図書館でこんな貼り紙を見た。「次の本を寄贈していただけませんか?」とタイトルが書いてあって、その下に10冊ほどのリストが付いている。この図書館、どんな本を求めているんだろう、と思って眺めてみると、一番上に名前があったのは、東川篤哉『謎解きはディナーのあとで2』。ほかにも、東野圭吾『麒麟の翼』とか、有川浩『県庁おもてなし課』、湊かなえ『夜行観覧車』、三浦しをん『舟を編む』などが挙がっている。いま話題の本ばかりだ。

 以前、新潮社の編集の方と話をしていたときに、「最近の図書館はケシカランと思いませんか?」という問いかけられたことがある。ベストセラーをたくさん購入して貸し出すから、本が売れなくて困る、とおっしゃるのである。

 ぼく自身は、編集者としても著者としても、初版3000部から4000部といった世界で生きてきた。全国の公共図書館の数は、3000を超える。各館1冊ずつなんて申しません! 図書館業界全体で500部でも売れてくれれば、商売としてはとてもありがたいのだ。だから、新潮社さんのそのお話は、そのときのぼくにはまったくピンと来なかった。

 ただ、こうやって、いまを時めくベストセラーぞろいの貼り紙を眺めていると、「なるほど」という気分になってくる。これらの本を、この図書館はすでに何冊も所蔵している。それでも、予約が多くて、読みたい人がその本を手にするまでに数か月から半年以上も待っていただくことになる。そこで、「寄贈していただけませんか?」ということになるのだろう。

 不要になった本を引き取り、読みたい人に貸し出す。それでは「タダのブックオフ」ではないか。いきどおる編集者の気持ちも、わかろうというものだ。

 ただ、なにごともスピーディになっているこの時代、数週間から半年も待ってでもある本を読みたい、と思ってもらえるというのは、すごいことだ、とも思う。そういう読者に恵まれた著者は、そして編集者は、幸せものだとも感じる。

 問題は、そういう方がお金を払ってまでその本を読もうと考えるには至っていない、というところにあるのだろう。お客さんに財布のひもをゆるませるというのは、いつでもどこでも、そんなに簡単なことではない。

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2012年2月 1日 (水)

三つ子の魂

 1時間目もぼうっとしてました。
 2時間目もぼうっとしてました。
 3時間目もぼうっとしてました……
 小学校1年生のときの絵日記か何かに、そんなことを書いたらしい。担任の先生が「あら!」とだけコメントを付けて返してくれたと、母から何度も、聞かされたことがある。

 三つ子の魂、なんとやら。今でも、とりとめもなくぼうっとしている時間が、一番、幸せだ。出版社で働いていたころは、朝9時にはきちんと出社して、一心不乱に仕事をしたものだが、それも、一刻も早く解放されて、ぼんやりしたかったからだけのこと。フリーになってからは、さすがにそんなことも言っていられないので朝から晩まで机に向かっているけれど、やはり、気がつくとぼんやりとしていることが、まま、ある。

 そんな淡い時の流れの中で、なんとなく思い浮かんだことを、適当に記していくつもりのブログである。

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